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第一話:パン屋と幸せな暮らし

12月 8th, 2014|Comments are off for this post


私がドイツに魅せられるまで

15才の頃、たまたま書店で手にとった本は17世紀ドイツを舞台にした歴史小説だった。そこには、5月のドイツの森がどんなに美しいかが書いてあった。理由はよく分からないが、「いいなあ、ドイツ」と思った。「~ブルク」「~シュタット」そんな特徴的な街の名前を美しいと感じたし、美しい森に抱かれた街を一度見てみたいと思った。

だから大学は「ドイツ語」「ドイツ史」「ドイツ文学」を学べる学校だけを受験。周りからは「へ~、ドイツのどこがそんなに良いの?」と不思議がられたが、あまり上手く答えられなかった。本当はまだ行ったことすらなかったし、好きになったのは直感で、理由は全部あとから考えたものだったからだ。

19才の春休み、初めてドイツを訪れた。旧東ドイツのドレスデンに1ヶ月間滞在し、ドイツ語学校に通った。飛行機の窓から見たドイツの街は、本に書かれていた「森に抱かれた街」そのものだった。街を歩けばアジア人は珍しく、郊外には取り壊されずに残った廃墟が点在。2001年当時のドレスデンは、まだ「東側」の面影を色濃く残していた。

ある日の夕方、いつもの道を歩いていると、パン屋の母娘がカラカラ……と店のシャッターを下ろしていた。もう日没なので、店を閉める時間なのだ。東京と比べると随分早かった。遠目にぼんやりとそれを眺めながら、「そうか、ここでは東京とは流れている時間が違うんだな」とひとりごちた。あのパン屋は、たぶん明日も日の出と共に店を開け、日没前にのんびりと店を閉めるんだろう。

そして、ふと思ってしまった。
「ああ、自分の探していた幸せは、こういうものだったんだな」と。

忙しない生活と長時間労働。息の詰まる人口集中都市。毎朝、生きているのか死んでいるのかといった表情で、俯き加減に会社に向かう人々。東京にいた時はよく分からなかった「幸せな暮らし」というものを、ある日わたしはドイツで見つけてしまった。だからもう、ドイツで働くしかないと思った。たぶん、人生の青写真を見つけたのだ。

金なし・コネなし・infoなしからのドイツ就職

そんなこんなでドイツに魅せられ、わたしがドイツで働き始めてから、そろそろ6年が経ちます。

ドイツで働くといっても、正直申し上げて、最初はどうやったらいいのか全く分かりませんでした。そんなぶっ飛んだこと(?)を考える人は、わたしの周りにはほとんどいませんでしたし、留学やワーキングホリデーの情報は見つかっても、ドイツでの就職ガイドなど全く見あたらなかったためです。

ですから日本でもドイツでも、最初はとにかく毎日が手探りだったように思います。本当はきちんと準備を進めていけば、そんなに難しいことではなかったのですが、何せ当時のわたしは本当に何も知らなかったんです。

このコラムは、そんな金なし・コネなし・infoなしだったわたしが、ドイツで働きたい一心で辿った道のりを、当時の本音を交えて振り返りたいと思います。途中何度か派手に転んでることもあり、タイトルを凸凹日記としました。海外就職のひとつのモデルケースとして、笑って読んでもらえたら嬉しいです。よろしくお願い致します。

 


   

Profil




柏葉 綾子(かしわば あやこ)
1982年東京生まれ。大学卒業後、都内の印刷会社に営業として3年間勤務。2008年ドイツへ渡り、現地日系企業で広告営業に4年間従事。一度は将来の方向性を見失って退職するものの、それを機にキャリアカウンセリングを学び、人材会社に転職。現在はドイツで人材コンサルタントとして働く傍ら、個人カウンセラーとしてドイツで働きたい若者向けの情報提供を行っている。

Blog:「ドイツで働きたいあなたへ」
http://workingermany5.blog.fc2.com

Facebook:「ドイツ街角便り」
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