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第三話:生きるために働く

9月 14th, 2015|Comments are off for this post


腰掛け就職で見たもの

国内での就職活動は難航だった。3年後にドイツに行くという本音を隠しながらの就活だったから無理もない。そんな私を拾ってくれたのは、都内のある印刷会社だった。営業職での採用だったが、聞けば女性営業を採用するのは初めてとのこと。業界がら深夜残業が多いため、体力的に女性は無理と考え以前は採用を控えていたようだった。

入社後はとにかくがむしゃらな毎日だった。当時は社内でも取引先でも女性営業が珍しかったので、最初は「ねえちゃんと話しても意味ないから、部長つれてこい!」など追い出される始末。でもいちいち凹んでいる場合じゃない。私の時間は限られているのだ。3年で辞めることが決まっている以上、3年で全てを学び尽くしてやるつもりだった。そんなドイツへのカウントダウンに燃える女は原因不明の妙な気迫を発していたらしく、同期の男性が1名、2名とリタイアする中、強面のおじさん達もそのうち私を信頼してくれるようになった。

土曜は隔週出勤で日曜も工場から電話がかかってくるような仕事だったので、同期には過労がたたって入院する子もいた。家族は心配して転職を奨めてくれたが、その度に返答したのが「3年はやめない」。冗談じゃない、ここでやめてしまったらまた振り出した。一人前が遠のき、ドイツが遠のいてしまう。それからはもっと頭を使って働くようになり、毎日早朝残業をした。

25歳、軍資金を握りしめてドイツへ

上司や先輩には、ぶっきらぼうでも仕事ができて優しい人が多かった。だからしんどいながらに当時の私は幸せだった。でも、時々深夜のオフィスでそんな彼らの疲弊した背中を見る時、やっぱりこんな人生は何かがおかしいと思った。私たちは、働くために生きているのではない。生きるために働いているのだ。顧客のために、会社のために馬車馬のように働いて、働き続けて体を壊す人もいるなんて悲しかった。人生にはもっと違う生き方があっていいはずだと思った。私たちは、苦しむために生まれて来たのではないのだから。

当時の私は、月々5万円を給与から天引きして「ドイツ就活貯金」として積立していた。3年間で180万円たまればドイツで1年は暮らしていけるだろう、というザル勘定だったが、通帳の残高が増えているとドイツが近づいている気がした。時々地球の歩き方「ドイツ」を読んで、どこの街に暮らそうかと夢想するのは楽しかったし、日本で恋愛しても「2008年から遠恋」は私の中で決定事項だった。こうして2年と11ヶ月後、ボーナスや家族からの応援金もふくめると軍資金は200万円になった。「ドイツに行くので会社をやめます」と上司に話し、ワーキングホリデービザを取得して渡独準備を始めた。

出発の前週「本当にドイツで仕事なんて見つかるの?って、皆心配しているよ」と母から聞かされた。正直それは分からなかった。でも今挑戦しなければ、この先一生後悔する事は分かっていた。26歳の誕生日まで、あと10ヶ月だった。

ドイツの働き方から見習えること

「どうしてドイツに来たんですか?」と聞かれると、私は「働くために生きる東京の暮らしに疑問を感じたので」と答えていました。おそらく初めてドイツを訪れた時、「この国の多くの人は生きるために働いていて、人生を楽しんでいる」と無意識の内に察知したのでしょう。幸せな暮らしかどうかは、道行く人のふとした表情や何気ない仕草、そんな些細な所にいつも現れている気がします。

ドイツの労働法では、1日10時間以上、週48時間以上の労働は原則禁止されています(管理職を除く)。また多くの企業では年次有給休暇が30日あり、年内に全てを消化するのが一般的なスタイルです。ただ、多くの一般労働者がこの恩恵に与る一方で、弁護士や経営者など一部の人々はドイツでも例外的に長時間労働を行っています。ですから日本がダメでドイツが良いなどと、そんな単純な比較をすることはできないでしょう。

興味深いのは、一般労働者の多くは日本より労働時間が少ないにも関わらず、ドイツは欧州の中心となる経済基盤を築いているということです。では、その違いはどこから来るのか?といえば、ひとつは「生産性の違い」が上げられるかもしれません。日系企業で働くドイツ人は、日系企業を「協調性があり、手堅く安定した企業」と評する一方で、短所について「無駄が多く、決断に時間がかかる」とコメントしています。残念ながら、結論の出ない会議や、上司の手前行うサービス残業に生産性が期待できないことは、本当は日本人の誰もが理解していることかもしれません。

もしドイツからひとつ見習えることがあるとすれば、それは働き方に対する「主体性」とも表せると思います。「和」を重んじる日本社会ではとかく周りの働き方に足並みを揃えることが求められますが、過労で健康を害してから会社の惨状を訴えても、失われた「時間」と「健康」は帰ってきません。懸命に働くあまり会社に従うだけをよしとせず、したたかに働き方を選び、そして自分の選択には責任を持つ。そんなバランス感覚を大切にしていきたいものです。

 


Profil

柏葉 綾子(かしわば あやこ)
1982年東京生まれ。大学卒業後、都内の印刷会社に営業として3年間勤務。2008年ドイツへ渡り、現地日系企業で広告営業に4年間従事。一度は将来の方向性を見失って退職するものの、それを機にキャリアカウンセリングを学び、人材会社に転職。現在はドイツで人材コンサルタントとして働く傍ら、個人カウンセラーとしてドイツで働きたい若者向けの情報提供を行っている。
Blog:「ドイツで働きたいあなたへ」http://workingermany5.blog.fc2.com

Facebook:「ドイツ街角便り」https://www.facebook.com/doitsutown

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