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第四話:夢見た暮らし

11月 21st, 2015|Comments are off for this post


波乱のスタート

ワーキングホリデービザの期間は1年。まずは現地で徹底的にドイツ語を学び、1年で仕事が見つからなければ潔く日本へ帰国するもりだった。退社翌日の便でスイスのバーゼルに飛び、そこで一泊した後に鉄道でドイツ国境付近の小さな町フライブルクに入った。日本では「環境都市」と名高いこの大学都市が、私の最初の滞在地だった。

第二外国語でならったドイツ語はさっぱり忘れ、英語もおぼつかなかったため、最初3ヶ月分の語学学校と滞在先の手配はエージェントに頼んでおいた。実を言うと、日本出国時に持ち合わせていた語彙は「Guten Tag(こんにちは)」と「Kein Problem(問題ないです)」のふたつだけ。さすがにこれではホストファミリーとの意思疎通もおぼつかないと思い、バーゼル滞在中はずっと「ドイツ語会話集」のCDを聞いていた。それはもう暗記するくらい何度も聞いた。

これが功を奏したのか、初日に語学学校で聞いたドイツ語の説明はだいたい理解できた。しかし、質問が分かっても回答ができない。仕方なく首を振ってジェスチャーでやり過ごしていたら多少ドイツ語ができると思われたらしく、初心者コース(レベルA1)をすっとばして初級コース(レベルA2)に割り振られたものだから大変である。先生はおろか生徒の話もチンプンカンプン。朝から晩まで辞書を引く毎日がスタートした。

ドイツで見つけた幸せ

滞在先は、フライブルクの環境先進地区ヴォーバン*にほど近い民家で、年配のドイツ人女性と彼女の息子がふたりで明るく切り盛りしていた。外国人留学生の多いこの街で、ホストファミリーとして生計を立てる彼らの家には、いつも何人かの外国人が滞在していた。毎晩7時には皆で美味しい食卓を囲み、その日学校で覚えたドイツ語を使って会話に参加すると「また新しい単語を覚えたね」と褒めてくれた。

ホストファミリーは、そんなに割のいい商売というわけじゃない。当時の彼らは1年中誰かを迎え入れており、まとまった休みもなく旅行にも出かけなかった。毎日の楽しみは、皆で囲む夕食と食後の1杯のコーヒー、それに自宅の小さなテレビで観戦するサッカーだった。
朝はスポーツに出かけ、昼間買い物をして、夕食の準備のためいそいそと戻ってくる。そんな変わり映えのない毎日なのに、毎朝寝ぼけ眼の私がびっくりする位いつも元気だった。それは「この仕事を愛しているから」だと教えてくれた。

入居して数ヶ月もたった頃、イースター休暇*が訪れた。クラスメイトの多くは、この休暇を使って各地を旅行したり、実家に帰省したりしていたが、私は休暇中も懲りずに自室でドイツ語の勉強を続けていた。
心配したホストファミリーは「机に向かって辞書をひくだけが勉強じゃない。色んな所に出かけて色んな人と会って、色んな知識を学んできなさい」と勧めてくれた。それもそうだ。日本にいた頃、あんなに「地球の歩き方」に付箋をふって行きたい所をマークしていたのに、ドイツに来た途端ぱったり旅行に出かけなくなった自分が不思議だった。

でもある時気づいた。自分はもう、かつて夢見た場所に立っているのだと。緑に囲まれた暮らし、おいしい空気、趣ある街並みと暖かい人々。かつては「ここではないどこか」を求めて旅行に出かけた。でも、毎日の暮らしに心満たされた時、どこに出かける必要があるのだろう。私は今、ここにいるだけで、自分の夢を生きているのだから。

*屋上緑化、太陽光パネル設置などの工夫がなされたエコハウスが並ぶ地区
*キリスト復活祭の祝日。春分の後の最初の満月の次の日曜日が復活祭にあたり、日付は毎年変わる。

海外生活はコインの表と裏

外国に来て初めての頃、見るもの触れるもの全てに感動という類い稀な経験をすることがあります。当時私が通っていた語学学校では、留学生のそうした典型的な初期症状を“Begeisterung(感激状態)“と揶揄していました。それは丁度、日本を初めて訪れた外国人が京都の金閣寺に感動する姿と似ているかもしれません。その国の住人たちが馴染みすぎて忘れていた感動を、外国人として体験することができるわけです。

ところが毎日の生活に馴染んでくると、こうした感動は長続きしないことがあります。見慣れた多くのものが「当たり前」となり日常感を帯びてきた頃、ある意味本当の「海外暮らし」がスタートするでしょう。ドイツで暮らしていれば、手厚い社会福祉に感謝することも、高い納税金額に不満を感じることも可能であり、それらは全てコインの表と裏、どちらを見るかだけの違いなのです。

私が最初にお世話になったホストファミリーは、日常生活でコインの表ばかり見る天才でした。仕事が楽しいこと、フライブルクの街が自慢であること…見方によっては本当に何でもないことです。そんな彼らの持論は「幸せに暮らすのに、沢山のお金はいらない」というものでしたが、これにはある秘訣があります。それは「自分が本当にほしいものが何かを知っている」ということ。私のホストファミリーにとって、それは笑顔あふれる食卓であり、外国人学生の成長を見守ることだったのでしょう。

ある時、旅行に出かけない本当の理由に気づいた私は、自分も最初からコインを握りしめていたことに気がつきます。フライブルク滞在が素晴らしいものであったことは、いうまでもありません。

 


Profil柏葉 綾子(かしわば あやこ)
1982年東京生まれ。ドイツで働くことを夢見て2008年に渡独。現地日系企業に広告営業として従事した後、将来の方向性を見失い自ら退職。それを機にキャリアカウンセリングを学び、ドイツ人材会社の営業として再就職する。2015年に独立、現在はキャリアカウンセラー&人材コンサルタントとして、幸せな働き方探しをサポートするカウンセリング、就職斡旋、人材紹介を行っている。
HP: Happy Career Europe
Blog:「ドイツで働きたいあなたへ」

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