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第一話:フランスに向かうまで

6月 22nd, 2014|Comments are off for this post


はじめに

はじめまして、フランスのパリ近郊に住むようになって6年ほどになる、モンルワ幸希と申します。こちらでの暮らしについて、働くこと、子供を育てること、日常生活を楽しむこと、女性として生きることなど、さまざまな視点から、私なりの経験を綴っていければと思っています。

私個人の経験は非常に限られたものですし、特別なものではないのですが、もしかしたら、だからこそ参考にしていただける部分もあるかもしれません。楽しんで読んでいただけるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。また、ご意見、ご感想、テ-マに関するご要望など、心からお待ちしております(nadeshiko.voice@gmail.com)。

私がフランスで暮らし始めた理由

それでは、私がフランスで暮らすことになった理由から、書きはじめてみようと思います。

直接のきっかけは、夫がフランスに就職することになったことでした。その頃、私は長男を産んでからまだ日が浅く、大学卒業後から働いてきた公的研究機関から育児休暇をいただいていました。当時の職場は、風通しの良い雰囲気があっただけでなく、女性にとって働きやすい制度づくりに努めていました。

また、上司の方々が若手職員の育成に熱心で、希望にかなった業務を担当させていただいたほか、公的機関ならではの充実した福祉制度など、環境には恵まれていたと思います。

でも、夫から渡仏の可能性について相談があったとき、あまり迷うことなく日本を離れる決断をしました。職場環境に恵まれていたことや、折角試験に合格して採用された職場であることなどから、何人かの友人や同僚からは驚かれました。

不思議なのは、私は普段、他人の意見を気にしてしまう方なのですが、そのときは何を言われてもあまり気にならなかったことです。それは、ほとんど本能的と言えるほど直感的な決断で、自分のなかに「すとん」と腑に落ちるような、これでいいんだという確信じみた感覚があったためかもしれません。

結婚を決めたときなど、他にも何度か同じ感覚を味わっているのですが、いつも時間を置いて振り返ると不思議な気がします。今ちゃんと考えてみると、渡仏の決断に限って言えば、外国での生活への好奇心と、負けず嫌いな挑戦心とが、直感の正体だったように思います。

海外での挑戦をしたかった

実は私は、覚えていないほど昔から、世界のさまざまな地域の歴史・文化や今起こっていることについて調べるのが大好きな子供でした。成長してもそれは変わらず、大学進学のときも、留学奨学金と国際関係学や国際法の授業が充実しているという理由で志望大学を選択しました。希望がかなってアメリカに1年間の交換留学をしてからは、国際的であることが私にとってますます大切になったように感じます。

日本で働いていたときは、国際契約の交渉に携わった際に自分の力不足を痛感したこともあり、もっと自分を鍛えたいという、焦りに似た強い思いがいつもありました。個人で海外に行くことは、大学名や所属する組織名に頼らず、素のままの自分自身に頼っていちからやってみることだと思っていたので、自分に試練を与えて成長するにはいい機会だと思いました。このように、夫の海外就職こそきっかけではありましたが、外国での挑戦は、私がずっと前から心の底で望んでいたことであったように感じます。

そして、フランスへの旅立ち

フランスという国に対しては、特に思い入れがあったわけではありません。しかし、メディアを通じて、少子化対策に成功し、女性がワークライフバランスを両立しやすい国という印象を受けており、その実際のところを経験してみたいとは思っていました。また、日本に長く滞在したフランス人の夫が、日本語や英語、フランス語を含め、数ヶ国語も巧みに使い、充実した生活を送っている様子に、以前から強い刺激を受けていました。これらに加えて、パリには美術館やカフェがたくさんあって楽しめるだろう、というふわっとした気持ちも少しありました。

こうして、私はフランスに旅立つことになりました。迷いはなかったものの、実は、不安で押し潰されるほどでした。もし過去に戻れるのなら、当時の私に「もう少し気持ちを緩めなよ、それじゃ逆にうまくいかなくなっちゃうよ!」と肩のひとつも叩いてあげたいくらい。あまり自分に自信のなかったその頃の私は、素のままの自分にしか頼ることのできない環境と、そのプレッシャ-の大きさにおびえていたんだと思います。

不安感の一番大きな源は、フランスで自分の満足のいくような仕事を見つけることができるか、ということでした。どうしても働き続けたかった私は、当時、もし3年間フランスにいても納得いく就職先が見つからないなら、日本かどこか別の国で、何もかもはじめからやり直しだと、強く覚悟を決めていました。

フランスでの就職を目指して私が大事にしたことは、フランス語力と、大学院での学位です。次回は、フランスでの留学生活について書こうと思います。

 


   

remonruwa




モンルワ幸希
一橋大学。在学中に米国カリフォルニア大学留学。卒業後、公的研究機関で知的財産権のマネジメントに携わる。長男出産後に渡仏し、パリで6年間を過ごす。パリ第2大学及びパリ政治学院で修士号(国際私法、知的財産権法)、在学中に次男を出産。パリでの弁理士事務所勤務を経て、2015年にスイスのジュネーヴへ移住、国際連合の専門機関に勤務。
EMAIL:nadeshiko.miyuki@gmail.com

   

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