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第二話:子育てをしながらの、フランス大学院合格までの道のり

7月 11th, 2014|Comments are off for this post


夏のパリから、こんにちは

こんにちは、モンルワ幸希です。
パリの街は、色鮮やかなノースリーブのワンピース姿であふれています。

こうなると、楽しみなのは夏の休暇・ヴァカンスです。2~3週間のまとまった休暇の中で、田舎の民家を家族で貸しきったり、温暖な島々の浜辺でのんびりしたりと、何もしなくてよい自由時間そのものを楽しむ人が多いです。

ヴァカンスの語源は英語のVacancyと同じで、元々「空っぽ」を意味するとされていますが、フランス人は、この語義を謳歌するのがとても上手。この季節、日々の話題も、挨拶代わりにヴァカンスの情報交換となり、日常がいきいきと輝いて感じられます。

さて、今回からフランスでの留学生活をテーマに、その準備の様子も含め書いていきます。

合格通知を受け取るまで

フランスのロ-スク-ルでの修士号取得は、就職のための戦略として渡仏と同時に決めたことでした。

日本の学位や職務経験と一貫性のある学位を取得することで、これまでの経験の価値を高めるとともに、客観的に能力を示すことができるのではと、私なりに考えた結果でした。問題は、当時ほとんどフランス語ができなかったことです。そこで、育児の合間を縫うように通信教育でフランス語を学び始めました。

その頃、夫は博士論文執筆の大詰めをむかえており、実家も遠方だったため、主に私が長男のお世話をしていました。長男を片手に抱っこしながら空いた手で教材を読んでいたら、手首が腱鞘炎になってしまったり、寝かしつけた後で勉強しようと思ったら二時間ぐずり続け、私のほうが疲れて横で先に眠ってしまったりという日々が続きました。

振り返ると、留学準備からパリ第二大学を卒業する頃までが、一番苦しい時期だったように感じます。

将来が見えない不安感と、何もかも中途半端な感覚があり、自分を責めてばかりいました。赤ちゃんとの新生活を受容する時間を十分もたないまま、新たな挑戦をしようとした無理がかかっていたのでしょう。

こうした中、長男がつかまり立ちをし始めた頃に語学試験を受験しましたが、あともう一歩のところで、大学院入学に必要な成績に届きませんでした。どうしたものかと思っていたところ、パリ第二大学に留学生対象の修士レベルのプログラムがあり、私の語学の成績でも出願できることが分かりました。

パリ第二大学は、フランスで最古の法学部を有し、質の高い講師陣や講義内容で知られています。希望していた知的財産法の専攻はありませんでしたが、迷わず願書を送りました。合格通知を受け取ったとき、安心感や嬉しさより、「大学院入学など、これからフランスで長く暮らすための入口にすぎない。一年間でどこまでたどりつけるだろうか」という緊張感がずっと勝っていたことを覚えています。

パリ第二大学時代の思い出

パリ第二大学のキャンパスはふたつあり、そのうちひとつは、フランスの歴史的偉人たちが眠る墓所・パンテオンの向いにあります。パンテオンを正面に見上げ、軽い坂道を登るようにして通学しましたが、近寄るにつれ強くなる巨大な石造物の重圧感には、なかなか慣れることができませんでした。裏に、カルティエ・ラタンと呼ばれる賑やかな学生街があるのは、面白い対比ではないかと思います。

もう片方のキャンパスは、広大なリュクサンブール公園(写真)の向い、彫刻家のザッキンに捧げられた美術館の隣にあります。閑静で小ぢんまりとした、まるで隠れ家のような雰囲気の好ましいこの美術館は、無料で鑑賞することができます。悩みの多い時でしたが、授業の合間に公園や美術館をひとり訪れるのは、心の慰めになりました。

100名弱の同級生は、ほとんどが中国と中南米諸国の出身者で、日本人は私だけでした。フランスの大学は一般的に無料ですが、バーテンダー、住み込みの家政婦、ベビ-シッタ-等として生計を稼ぐ姿も珍しくなく、その逞しさに励まされるとともに、支えてくれる夫への感謝の思いをかみしめたものです。

また、母国で弁護士資格を取得済みの学生も多く、外国での経験により自らを差別化することがどれほど重要視されているかを、思い知らされました。

中心的に学んだのは国際私法と国際商法で、日本で勤務していた頃国際契約の交渉に携わって以来、興味を持ってきた分野でした。ここで得た知識は、現在、仕事の幅を広げるのに役立っています。

また、留学生対象のプログラムということで、法律問題を論じるためのフランス独特の方法論も、時間をかけて学ぶことができました。方法論を通じてフランス人法務者の思考方法を学び得たことは、今でも仕事をする上での基盤となっており、パリ第二大学留学の一番の収穫といっても過言ではありません。

一年後、全体の1/4以上の学生が落第する中、Honorをいただいて卒業したことは、ほんの少し誇らしい思い出です。次回は、留学生活の舞台を、パリ第二大学からパリ政治学院に移して書きたいと思います。




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remonruwa




モンルワ幸希
一橋大学。在学中に米国カリフォルニア大学留学。卒業後、公的研究機関で知的財産権のマネジメントに携わる。長男出産後に渡仏し、パリで6年間を過ごす。パリ第2大学及びパリ政治学院で修士号(国際私法、知的財産権法)、在学中に次男を出産。パリでの弁理士事務所勤務を経て、2015年にスイスのジュネーヴへ移住、国際連合の専門機関に勤務。
EMAIL:nadeshiko.miyuki@gmail.com

   

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