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地方銀行を辞めて、私がミャンマーへ飛び込んだ理由

2月 5th, 2015|Comments are off for this post


2012年6月、24歳。人生初めてのミャンマーへ。
「これから、ここで暮らすのか……」
ぼーっと考えているうちに、飛行機はすっかり暗くなったヤンゴン国際空港に到着しました。

楽しさと後悔が詰まった学生時代

思い返せば、今まで何事に対してもあまり深く考えず、周りに流されてきた人生でした。自分にとってはごく当たり前の日常に疑問を持ち、きちんと考えて行動している人たちのことを羨ましく思ってもいました。

香川県で生まれ育った私は関西の大学へ行き、父の勧めでアントレプレナー系学科(起業専門コース)へ入学。そこには、起業したり、夏休みを利用して積極的にインターンを経験するなど、バイタリティのある学生で溢れていました。一方の私は「いつか何かできればいいな」程度にぼんやりした思いはあったものの、結局なにかに打ち込んだわけではなく、もともと勉強が苦手なこともあり勉学にも励めず……という学生でした。

授業のない日は昼寝をする。目を覚ますとお腹が空いてパンをかじる。高校で部活動をしていた頃の食欲は収まらず、勢いのまま食べ、太る(泣)。アルバイトやサークルもしていましたが、至って人並み程度。

のんびりした生活の中で、すっかりぬるま湯につかっていた私の目を覚ましたものは就職活動でした。大学時代の成果を問われ、困ることになります。振り返ると、いろいろなことができる時間もチャンスもあったのに、結局一歩前に踏み出せずにいた自分。就活でも自信を持って自分をPRすることはできませんでした。(特技欄に書けることが無く、「節約料理……もやしは毎日欠かしません」と書く始末)。周囲には様々なことに挑戦して成果を出した人たちがたくさんいて、彼らがきらきら眩しく見えたことを今でもよく覚えています。

「こんな後悔はもうしたくない」。そんな気持ちでいっぱいの就職活動の結果は、やはり厳しいものばかりでした。第一志望の業界にはことごとくふられ、地元へ帰ることを決断。とっても楽しかった大学生活。でも一方で、何も成果を出せなかったことへの大きな後悔。

世界一周で、アジアに魅せられる

それでもなんとか地方銀行への内定が決まり、次の日には何も考えず東南アジア行のチケットを買いました。カナダ留学中にアメリカを縦断してメキシコまで行ったのをきっかけに私は一人旅に目覚めたのですが、就職活動をするなかで、「とにかくどこかへ行きたい!」という気持ちが膨れ上がっていたのです。何をしに行くのかは、自分でもわかりませんでした。でも、きっと何かが待っているような、そんな気持ちでした。

そして、その時に初めて東南アジアを中心に巡り、卒業旅行ではスターアライアンスの世界一周航空券で、東回りで世界一周。何かを見つけたいと思って始めた一人旅。しかし、世界を巡る中でも気持ちは満たされませんでした。「これではただの旅行。毎日好きな時間に起きて、食べて、寝ているだけ」。目的のない旅に少し違和感を持ち始めたのは、旅の半ば頃でした。就職活動を通して、目標を持って行動し結果を残す重要性を学んだからかもしれません。

「日本で就職して働く期間は3年にしよう。その後は東南アジアで何かを始めたい」。旅をする中で、大きなスピードで変化する東南アジアに魅せられて、いつかアジアで働きたい、旅行ではないもう一歩踏み込んだことが何かしたいと考えるようになりました。

ミャンマーへ後押ししてくれた、家族の一言

地方銀行へ入行してからは毎日が充実し、希望していた営業職も経験させてもらえました。人にも恵まれ、大変だったことも多かったですが、振り返ると本当に楽しい毎日でした。(ただ、性格が大変大雑把で、細かいルールに従っての仕事が得意ではなく、毎月なんらかの(記録的!?)コンプライアンス違反報告は続きました。上司の皆様、すみませんでした)

働き始めて1年と10か月程が経った頃のことでした。父から、父の知り合いのミャンマー人がミャンマーで起業したという話を聞きました。 そして、日本人スタッフを募集しているらしいと……。「行ってみなよ、チャンスやし。面白そうやん!」。背中を押してくれた家族の有難い一言。この言葉がなかったら、私は一歩を踏み出せなかったと思います。

社会人は最低でも3年、と思っていたのですが、チャンスを逃すのはもったいないと時期を早め、2年2か月で退職。退職の翌月6月にミャンマーへ。 ミャンマーに行く時どんな気持ちだった?と聞かれたことがありますが、正直何も考えていませんでした(笑)。不安がなかったかと言えば嘘になりますが、これももとから決まっていた流れの一部のような、そんな気持ちでした。「行けばなんとかなる」という考えが、一人旅で身についていたのかもしれません。でも、「もう、挑戦せずに後悔はしたくない」という気持ちがあったことだけは、間違いありません。

そして、2012年6月。空港に到着した時には、知人のミャンマー人がお出迎え。私を優しく迎えてくれたのは、温かいミャンマー人たちと、暖かすぎるミャンマーの大地でした。

 


2ターニャページ新谷 夢(しんたに ゆめ)
1987年生まれ。立命館大学経営学部アントレプレナー系卒業後、地元の地方銀行へ入行。恵まれた職場環境だったが、ある日の父からの一言。「知り合いがミャンマーで起業した。なんか面白そうだから行けば?」家族の後押し(?)もあり銀行を2年2か月で退職、単身初めてのミャンマーへ。1年間知り合いの不動産会社で勤めた後、自分でも何か始めたい!と、お土産クッキービジネスに取り組む。ヤンゴンのことをよく知らない田舎育ちの女の子4人をスタッフに迎え、次は「ミャンマーで愛されるゆるきゃら」を広めるため、日々奮闘中!
HP:White Elephant Cookies

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