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加藤梓さん

2月 10th, 2014|Comments are off for this post


横浜国立大学卒。小中高等学校の教員免許を取得。在学中に約30ヶ国を旅したことから、より広い世界で生きたいと考え航空業界に進路変更。卒業後東京を拠点に、外資系航空会社グランドスタッフ、日系航空会社の客室担当責任者として働く。その後、外資系航空会社への転職に伴いシンガポールへ移住し、オーストラリア、タイなどの同僚と共にアジア・太平洋路線に乗務。現在は日本に拠点を戻し、ヨーロッパの航空会社に所属。日本路線専属の乗務員として、日本とヨーロッパを行き来する。

「何も知らない環境に飛び込んで、一度リセットしたいと思った」

濱田:元々客室乗務員になることが夢だったのでしょうか?

加藤:いいえ。私は両親が教員だったので、小さい頃から何の迷いもなく教師になるものだと思っていました。大学も周りの人はみんな教員を目指しているような学部に入り、教職免許を取るために一生懸命勉強し、卒業ぎりぎりまで教員を目指していたんです。私の出身地の滋賀県には空港がなく、客室乗務員の仕事はテレビで見る世界。だから、自分がまさかこの業界に入るなんて考えてもいませんでした。

濱田:客室乗務員を目指すようになったきっかけとはなんでしょうか。

加藤:大学時代に旅にはまり、視野が世界にグッと広がって、「できることなら旅をしながら生きていきたい」と思うようになったことです。「教師になったら長期休暇をもらうのは難しいから、今のうちに世界を見ておこう」と考えて、大学の長期休みの度に海外へ行き、バックパッカーで訪れた国は30カ国以上。でも、旅をしながら働ける仕事があるとは考えもせず、予定通り教師になろうとした大学4年の時に、友人が客室乗務員の内定をもらったと聞いたんです。「そんな選択肢があったなんて!」と衝撃を受けましたね。そして、色々考えた結果、教師は20代を超えてからでも目指せるけど、航空業界は20代のうちに入らないと難しいので、先に航空業界を目指すことにしたんです。

濱田:その決意通り本当に客室乗務員になるなんてすごいです。新卒で日本の航空界社で働かれてから、シンガポールで働くまでの流れを教えて下さい。

加藤:新卒で日本にあるカナダの航空会社に入社して、グランドスタッフをしていました。1年後に転職をして、日本の日系航空会社で5年弱働いて、機内の責任者を務めるように。次のステップは管理職だったのですが、このままこの会社にいたら、この環境に甘えてしまうような気がしたんです。だから、何も知らない環境に飛び込んで、一度リセットをしたほうが良いのではと思って、シンガポールにある航空会社で働くことを決意しました。

濱田:突然シンガポールで働くことになって、会社の方やご友人に止められませんでしたか?

加藤:もちろん止められましたし、失うものも大きかったのですが、それ以上に海外に出ることで自分が得られるものは大きいと思ったので、迷いませんでした。ずっと同じ場所にいると、肩書きや実績など、色んなものが積上ってきて自分の素の姿が見えにくくなると思うんです。だから、今まで築いてきたものに頼らないで、自分の技量で新しい環境でどこまでやれるのか試してみたかったという気持ちもありましたね。

「頑張れば結果がついてくるわけではないということを思い知らされた」

濱田:客室乗務員の試験は非常に倍率が高いと思うのですが、今働かれているオーストラリアの航空会社に入社されるのも苦労されたのでは?

加藤:日本の航空界社で働きながら転職活動をしていたのですが、狭い採用枠を世界中から来る応募者と取り合うので、本当に大変でした。せっかく最終試験に呼んでもらったのに、仕事のフライトで行けなくてとても悔しい思いをしたことも。就職活動をいくら頑張っても、結局面接官との相性だったりしますし、ほとんどの航空会社の身長制限が160センチ以上のなか、156センチの私はでそこで応募枠が減ってしまったり。しかも、外資系だと求人は何年かに一度だけという会社も多くて、受けたくても受けられないことも。募集を探して毎日サイトをチェックして、まるで先の見えないトンネルの中をひたすら歩いているような気分でした。今の会社に呼んでもらえた時は、「もう頑張らなくていいよ」と言ってもらえた気がして、嬉しいというよりもほっとしましたね。頑張れば結果がついてくるわけではないということを思い知らされた経験です。でも、やっぱりそれがあったからこそ強くなれたし、今ここにいれることをありがたいと思えます。

濱田:このお仕事のどんな部分が好きなのでしょうか?

加藤:お客様の人生を感じられることと、多くのメンバーと一緒に飛行機を飛ばしているという感覚を得られることですね。お客様は、飛行機の席にずらっと一列で座られていて、そこに私たち客室乗務員は機内食を出していきます。座られているだけだと、全員同じように見えますが、一人ひとりお話していくと、それぞれの目的を持ってこの飛行機に乗り、別々の人生に向かっていることがわかる。また、飛行機はひとりでは飛ばすことができません。お客様と接しているのは客室乗務員だけですが、パイロットや整備士がいたり、遠くの司令室から空を確認している人がいる。お客様とそこで働く人たちのさまざまな人生を乗せている飛行機に関われるこのお仕事が大好きですし、夢にまでみたシンガポールに住んで、今のお仕事ができるということにすごく満足していますね。

濱田:海外で働くことをあきらめようと思われたことはないのでしょうか?

加藤:しんどいと思うときは何度もありましたが、それでも、あきらめようと思ったことはないですね。これを成し遂げるまでは死ねない、そんな気分で取り組んでいました。数えきれないほどの失敗をしましたが、次に挑戦しないと受からないから、辛くても歩みを止めるわけにはいかなくて。「ここで辞めたら絶対後悔する!」と思ってしがみついていましたね。自分が設定した目標が大きいほど、挫折もすると思うんです。でも、その挫折もきっといつか人生の面白みだと思える時が来るはず。それに、失敗も挫折もない人生は平凡でつまらないですよ(笑)。

「日本の価値観に縛られずにこれから生きていけると気づけたのは、大きな財産」

濱田:シンガポールにある外資の会社で働くという、環境の大きな変化に不安はありませんでしたか?

加藤:旅行以外の海外経験はなく、英語もまともに勉強したこともなかったので不安はありました。外資系の会社なので、会社説明会やトレーニング、仕事はすべて英語。日本のお客様以外はもちろん英語で御対応します。でも、がむしゃらにやってみたらできた。自分ができない時に思い描いていたほど高いハードルではなかったなと感じましたね。「やってみたら、なんとかなった」ということの積み重ねでここまで来ている気がします。

濱田:シンガポールで働くようになってから考え方にどんな変化がありましたか?

加藤:とにかく色んな人種、宗教の人と働いているので、日々自分だったら絶対に考えつかないような発想に触れることができて刺激的ですね。たとえば、女性の働き方も全く考え方が違うんです。50代で客室乗務員未経験で入社してくる人がいたり、子どもを3人育てながらフライトを10日間していたり。日本にいたら、「これくらいの年齢で結婚して子供を生むべき、この年齢になったらこういう暮らしをするべき」といった見えない決まりのようなものがある気がしますが、そういうものが一切ない。自分と家族がハッピーであれば、どんな生き方をしてもいいと思えるようになりましたね。日本の価値観に縛られずにこれから生きていけると気づけたのは、大きな財産。

濱田:あずささんは5年後、一体何をされているのか想像できません。

加藤:全然予想つかないですね。5年後どころか1年後もわからない。でも、それを不安に思うのではなく、次に起こることを楽しみにしながら生きたいんです。人生って、波や風の向きによって変わるボートのようなもの。今は、必死にオールを漕いでいる状態。漕ぎながらも帆だけはしっかり張っておいて、来た波や風を穏やかに受け止めていきたいですね。