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古賀加寿さん

5月 21st, 2019|Comments are off for this post


海外での子どもの教育環境に興味を持ち、シンガポールへ移住

濱田:シンガポールに移住されたきっかけについて教えてください。

加寿:夫が海外就職をずっと希望していたことをきっかけに、海外での子どもの教育環境に興味を持ちました。そして欧米、アセアン地域を中心にいくつかの国に候補を絞り、仕事や子育て環境を考えた結果、シンガポールに。

私自身は日本で大学を卒業し、IT企業に就職して約15年間働いていました。出産や子育てをする女性にとっても働きやすい会社で、辞める時は周りから止められましたが、シンガポールで自分のこの先の未来を新しく作っていくことにワクワクしたんです。楽しみなことしかないと思って飛び込んだので、日本を出る時に葛藤や悩みは全くありませんでした。

濱田:現地での仕事はどのように見つけたのでしょうか?

加寿:まず夫の場合は、私の高校の同級生がたまたまシンガポールに移住していて、彼女がお世話になった転職エージェントを紹介してもらいました。夫は海外就職をするか悩んだ期間が長かったのですが、行動をしたらすぐに仕事が決まって。彼はとても能力が高い人なので、今後のキャリアも彼ならなんとかなるだろうと思っています。

私の場合は自力で見つけました。シンガポールでYogaティーチャーを募集しているサイトを片っ端から探し、フリーペーパーの会社に入社。未経験の業種だったのですが、ヨガ教師も雇用してヨガクラスを開催していたので、「これからヨガティーチャーとして生きていきたい」と考えていた私にピッタリだと思ったんです。

フリーペーパーの営業とヨガの教師という二足のわらじで働き始めたのですが、段々営業の方が忙しくなり、自分が本当にやりたいヨガにあまり時間を取れなくなってしまったので、3ヶ月の雇用お試し期間を経て、夫と相談してヨガ一本で仕事を探し直すことにしました。

自分のヨガスタジオを運営するという夢を実現

濱田:ヨガの資格はいつ取られたのですか?

加寿:日本で働いていた2008年です。家の近所にヨガスタジオがあって、そこに通ううちにハマっていきました。ずっとアシュタンガヨガをしてきたのですが、クリパルヨガに出会った時に「これはぜひ他の人にも教えたい!」という思いが湧いてきて、トレーニングを受けて教師になりました。

2015年から、インド人とシンガポール人のヨギ―夫婦が経営しているヨガスタジオにフルタイム教師として所属し、クラスを受け持っていました。そのインド人ボスのクラスを何の予備知識もないまま教師代行したのが最初のレッスンです。「あなたの英語は分からない」と一番前に座っていたウェスタンの女性にバッサリ切られて、ショックでした。

それからは、今でも英語は常に勉強しています。更に、そのままボスが何も言わずに旅行に行ったことに数日後に気づきました(笑)。荒治療的なところはありましたが、それも含めて一緒に働かせてもらい非常に勉強になりましたね。クラスの内容や時間、生徒さんとのコミュニケーションなど、全て任されていたので、経営の厳しさも学びながら、毎日が楽しくて仕方がありませんでした。

この頃から「いつか自分のヨガスタジオを経営したい」と思っていましたが、来星3年目である2016年に念願の独立をし、現在は”Yogakripa”という自分のヨガスタジオを運営しています。また、その次の目標として掲げていたヨガ教師育成に、現在取り組み始めています。彼女たちはこれから花開く方たちばかり。

ビジネスライクでスタッフを雇うというよりも、彼女たちが自立して人生を歩んでいくことができるようにサポートしたいと考えています。これからも色んなことに挑戦して、もっと魅力的なスタジオに作り上げていきたいですね。

シンガポールに来る時に、安定に対する執着心を手放した

濱田:お子さんは現在何歳ですか?

加寿:7歳です。日本で出産し、彼が1歳半の時にシンガポールに移住しました。子どもは現地の保育園の後、インターナショナル小学校に通わせていますが、こちらでの子育ては多国籍国家なだけあって、「こうでなければいけない」というプレッシャーがなくてとても楽です。

大らかな人が多くて、子どもたちは相手に臆することなく話しかけたり、自分の意見を主張したりしますね。また、語学の面ではトリリンガルも普通です。私の子どもは学校では英語と中国語を使い、家では日本語なので3ヶ国語が理解できます。

一緒に住んでいるお手伝いの子とは、英語と中国語を交えて楽しそうに会話していますね。この語学能力は、彼の人生にとって財産になるのではないかと思います。

でも、日本にも良い部分がたくさんあるのを海外に住んでいると実感します。特に、歴史の深さ、四季のある自然の豊かさと食べ物の美味しさは日本に敵いません。

濱田:人は選択をすることによって、得ているものと捨てているものがあると思うのですが、その中でも加寿さんが特に「手放した」と思うものはありますか?

加寿:安定に対する執着心は捨てた気がします。きっと日本にいた方が、穏やかに暮らせていたと思うんです。当時はそこまで重要視していませんでしたが、国から国民として認められて住めることは、なんて有難いことなんだろうと実感します。

さらに、自分たちの両親や頼れる人たちもいる……そういう意味では、最後に困った時に助けてもらえる環境は、日本人ならば日本の方が揃っているかもしれません。シンガポールは特に外国人が住み続けるのが難しくなっていますが、海外に外国人として住むというのは、国民として与えられる安定を手放し、安住していない感覚が強くなります。

濱田:安定している基盤を外してでも、外に出たい理由があったということでしょうか。

加寿:日本では安定して穏やかだけども、そこに息苦しさも感じていました。自分が何か動こうとした時に、いつも見えないもので囲まれているような感覚。そんな世界を抜け出したかったんだと思います。

濱田:シンガポールにはあとどれくらいいらっしゃる予定でしょうか。

加寿:子どもが小学校に入るくらいまではと思っていましたが、夫との未来設計で、今は子どもが高校を卒業するまでの10年間はいる予定です。私はあまりこだわりがないので、日本でもシンガポールでもそれなりに人生を楽しめると思うんです。でも、やっぱりこちらで過ごしている方が心穏やかですね。

「こうしなければならない」という見えない何かに縛られず、自己責任ではありますが、自分で選択する権利を多く与えられる環境の方が合っているのかなと。今は仕事としてヨガもできているので、本当に幸せです。