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内田結貴さん

濱田 真里
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28歳の時に、ホーチミンで歯科医院を開業

濱田:ベトナムで歯科医院を立ち上げようと思われたきっかけについて教えて下さい。

内田:2007年4月に、ベトナムとタイのバンコクへ旅行で行き、その際に訪れたホーチミンの街全体の勢いに魅せられたのがきっかけです。バンコクの都会ぶりやハノイの落ち着いた雰囲気も良かったのですが、ホーチミンはバイクの波が押し寄せる中、人が一生懸命働いている姿が印象に残っていて。それからずっと頭の片隅にホーチミンのことが残っていました。

考え続けているうちに、ホーチミンで歯科医院を始めたら面白そうと思うように。周りの人にアイディアを話すと、協力者や支援者が現れたので、勤めていた歯科医院を辞め、2010年の5月にベトナムに渡り、同年11月にSmile Dental Centerを開院しました。当時28歳でしたね。

濱田:その歳で開院されるのは相当早いのではないでしょうか。

内田:そうですね。私は元々、早く院長という責任のある立場で仕事がしたいと思っていたんです。実家が歯科医院なので、いつか戻るとしても、そうでないとしても、多分院長になるだろうという意識はありました。日本で歯科医師になると、一般の職業に比べて転職や専門性を変更するような将来の選択肢がそこまでありません。治療に従事したければ、大学病院や歯科医院に勤めるか、自分で開院するか。治療以外の部分に関わるのであれば、大学で研究したり厚生労働省のようなところに勤めたりするなど。

私は臨床家としてやっていこうと決めていました。だから、大学卒業後は大学病院や歯科医院に勤務しましたが、患者さんに対して毎回の治療時に患者さんに対して責任を持つものの、職場やチームに対しての総責任は持てません。開院することによってその体験ができるのであれば、喜んで経験してみたいと思っていました。そこに上手くホーチミンで開院というアイディアが重なり、今に至ります。

ベトナムに「予防歯科」を広めていきたい

濱田:ベトナムにある日系歯科医院というのは、かなり珍しいのでは?

内田:そんなことはありません。今は日系ではなくなってしまったのですが、私が渡越する約10年前に進出した日系歯科医院があり、ホーチミンには私の開院時に、すでに日本人歯科医師が数名いました。私は市場規模でこの街を選んだわけではなく、純粋に「ここで何かやってみたい!」という気持ちで選んでいます。

この街には、駆り立てられる何かがあるんですよね。たとえば、東京やニューヨーク、ロンドンのような「一旗揚げてやる」という人が集まる街は、エネルギーを感じるという人が多いですが、私の場合はそれがホーチミンでした。

濱田:ベトナムで歯科医院をされているからこそ、やりたいことなどはありますか?

内田:予防歯科を広めたいと思っています。日本では高度経済成長期に生活環境や食生活が大きく変化したことで、虫歯に苦しむ人が増加した歴史があります。その経験を経て、自分の歯が一番大事だから定期検診で予防をしようという流れに。今のベトナムは、日本高度経済成長期のように経済が発展し、同様に生活環境も変化しているので、このままだと同じ道を辿るのではと懸念しています。

日本人と同じ苦しみを経験してほしくないので、予防歯科という方法があることを伝えたい。それを私自身ではなく、ベトナム人スタッフたちを育てて、彼ら彼女たちが現地の人たちに技術や知識を広めていけるようにしたいですね。ベトナムの人がベトナムの人のために、より良いものを提供する仕組み作りができたらと思います。

全員が同じ方向に進むのではなく、自分に合う道を選択していく

濱田:こちらで働かれていて、どんなことに苦労を感じられますか?

内田:日本にいると簡単に得られる情報や知識を得にくいことですね。日本では本屋に行けば専門書がたくさん並んでいますし、勉強会やセミナーも頻繁に開催されています。

やろうと思えばいくらでも勉強できる環境がある日本に比べ、ベトナムだとまず本が手に入りません。英語や日本語の本を取り寄せようとしても、輸入する際に検閲に引っかかってしまうことも。そういった面では、技術を磨いて歯科医師としてトップに立ちたいという人には物足りない環境かもしれません。

私は臨床家としての歯科医師であることにこだわらず、自分ができることを極めていきたいと考えています。それは、日本に約10万人いると言われる歯科医師の中で、すべての臨床家が治療技術のトップスペシャリストになる必要はないと考えているから。歯科医師であっても、それぞれに得意不得意があります。だから、技術を極める人、マネジメントをする人、研究をする人など、色々な役割の人がいていいはず。

日本の歯科医師業界は、全員が職人的な歯科医師を目指すのではなく、もっと柔軟な働き方を模索してもいいのではないでしょうか。私は院長として、スタッフたちの環境作りをすることにとてもやりがいを感じています。一律に同じ方向を目指して仕事の奪い合いをするのではなく、自分に合う方向を見つけていく、そんな働き方を私は模索していきたいです。


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