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岩野晶子さん

6月 1st, 2019|Comments are off for this post


フリーペーパーに載せた広告で、中国での仕事が始まった

濱田:上海に住まれるようになったきっかけについて教えて下さい。

岩野:夫が中国人なので、子どもが2歳になった時に教育のために上海に来ました。日本と中国のどちらで育てるか迷ったのですが、中国語が話せたら、コミュニケーションを取れる人数が圧倒的に増えますよね。その方が息子の将来にとっていいのではと思って上海を選びました。2005年の9月から上海に住み始め、2008年に教育研修の会社を立ち上げ、今に至ります。

実は、最初の1年間は特に何もしませんでした。子どもを10時に幼稚園に連れて行き、お昼には迎えに行かなければいけないので、この状況で働くのが難しくて。2年目になると迎えの時間が3時くらいになったので、サービスの教え方がわからなくて困っている飲食店さんのお手伝いがしたいと思って、フリーペーパーに「1時間100元で、サービスの基本指導をします」と載せたところ、ある企業の目に留まりました。

スタッフに対するレストランのマナー研修をしたいというご要望をいただき、そこから仕事がスタート。当初、会社を立ち上げるつもりはなかったのですが、中国では会社にしないと正規の領収書が出せないため、法人にしました。

濱田:研修をされるということは、岩野さんご自身も元々サービス業に従事されていたのでしょうか?

岩野:新卒で全日本空輸の客室乗務員として10年間働いていました。3年間は国内線で、後の7年間は国際線で。子どもの頃に、タイムカプセルに「世界に関われる仕事をしたい」と書いて入れたことがあるのですが、それが実現して嬉しかったですね。

今こうやって研修の仕事ができているのは、全日本空輸でサービスの基本的な考え方を叩き込んでもらえたからこそ。特に、入社当時に受けた5日間の研修で出会った講師の方は、サービスに対するこだわりが本当に強くて。信念を持って仕事をする素晴らしさを、彼女の姿勢から学ばせてもらいました。

全日本空輸を退職後は、飲食店専門に人材派遣をするベンチャー企業に転職。飲食店でサービスを提供するには人材育成の必要があると思い、自分ができることを提案書にまとめて持っていった結果、採用してもらえたんです。客室乗務員の仕事しかやってこなかったので、パソコン作業は苦手だったのですが、ここで若い人たちに鍛えてもらえましたね。

その後、この会社が別会社を作るタイミングでフリーランスの講師として独立。全国展開する大手飲食店の外国人客向け研修をすぐに任せていただきました。こういった経験を経ているので、ビジネス研修はもちろんしますが、一番好きなのは飲食店に対するサービス研修です。

人が磨かれていく姿を見るのが好きだから、この仕事を続けている

濱田:研修をする上で心がけていらっしゃることはありますか?

岩野:人に教えるには、まずは相手を知ることから始める必要があります。たとえば、中国でサービス業に関わっているのは田舎出身の人たちが多いのですが、高級レストランに突然放り込まれても、自分がサービスを受けた経験がないので、何をすればいいのかわからないんです。

たとえば食べ物を落としたとしても、拾わなかったりする。なぜなら、田舎の環境であれば下に鶏がいて食べてくれるから。それぞれの持つ背景を理解した上でサービスを教えないと、なかなか行動には繋がりません。

濱田:大変なこともあると思うのですが、この仕事を続けられているのはなぜでしょうか。

岩野:人が磨かれていく姿を見るのが好きだからです。私自身、人よりも多くの失敗をしてきたので、失敗する人やできない人の気持ちがよくわかるんです。だから、そういう人を見ると「ここを伸ばしたらもっと良くなる!」という部分が目に入ってきます。そこをお伝えしていくのが、研修の仕事だと思っています。

研修をすると「自信がないんです」と言われることが多いのですが、最初から自信がある人はいません。自信というのは、積み重ねの中で自然と生まれてくるもの。焦らずに目の前のことに取り組んでいけば大丈夫だと思います。

緊張感がある場所にいるからこそ、生きる力が湧いてくる

濱田:上海は働く日本人女性にとってどんな環境でしょうか。

岩野:とても働きやすい場所だと思います。お手伝いさんを雇って家事をしてもらうことが当たり前なので、家事負担がないことは大きいメリットですね。家事の時間を子どもと一緒にいる時間にできることは有り難いです。また、上海人の女性は結婚しても働くことが普通なので、女性が働いていても変な目で見る人はいません。日本に比べたら男尊女卑も少ないと思います。

私は父から「女は腰掛でいいのに、おまえはどうしてそんなに危ない職業を選ぶんだ」と言われたことも。そういう父も、安定しているサラリーマンではなく、自営業として奮闘していました。会社が大変な時期も見てきて、子どもながらに「経営者って大変そう」と思いながら育ってきたにも関わらず、今こんな生き方をしているのは父の影響かもしれませんね。

「人は環境の動物である」とよく言われますが、自分をどんな環境に置くかは非常に重要です。中国で働いていると、自分の国ではないので緊張感が増します。自分がどうなるかわからない環境にいると、逆に生きる力が湧いてきて、一生懸命努力するんです。今後もそういった環境に居続けられたらと思っています。