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高藤悠子さん

6月 7th, 2013|件のコメント


プロビティ・グローバルサーチ株式会社代表取締役。新卒で自動車メーカーの海外営業を担当。その後、幹部候補人材の紹介に特化したキャリアインキュベーション株式会社(東京)、JAC Recruitment Thailand(バンコク)を経て独立。タイでは200人以上の海外就職を支援。現在は「グローバル×経営人材」に特化した人材紹介を日本を拠点として展開中。

アジアでの仕事は裁量が大きい分、「自分で仕事をしている」という実感値が高かった

濱田:新卒で入社した自動車メーカーから人材紹介会社に転職をされたのは、どのような経緯があったんですか?

高藤:学生時代は国際協力に興味があり、海外、例えば国連などで働くことも考えていました。しかし、まずはビジネスの立場からの途上国へ関わることを経験して、その後国際機関を目指そうと決めました。トラックメーカーに就職し、途上国相手の海外営業をしたことで「仕事で海外と関わりたい」という目標は実現しました。一方で、しだいに「大きな組織が合わないな」「メーカーでの営業が向いていないな」と感じるようになっていました。1年くらい悩みましたが、「自分が頑張った分だけ評価され、才能が一番活かせるところで働きたい」と思い社会人3年目の時に転職を決意しました。
人材紹介会社を選んだきっかけは、学生の頃にボランティアで行ったネパールでの体験にあります。現地でできた同年代の友人に将来なりたいものを聞くと、「母親か、教師になるかしかない。仕事を選ぶなんて考えたこともない」という答えが返ってきました。その地域はカースト制度が残っていて、職業選択が許されていなかったのです。この時、自分の恵まれた環境に気付かされました。転職活動をしながら、仕事が選べる幸せを再度実感し、多くの人の仕事選びのサポートが出来たらという思いから人材会社を選びました。

濱田:その後なぜタイへ移られたのでしょうか?

高藤:夫がタイで仕事をしていたからです。結婚を機に退職し、夫のいるバンコクへ移住しました。

濱田:タイでも人材のお仕事をされたんですよね?

高藤:実はバンコクに移ってはじめの半年間は主婦をしていたんですけど、適性がなかったみたいで(笑)。やはり人には向き不向きがあるんですね。会社をいくつかまわる中で運よく仕事を紹介してもらえて働き始めました。それがちょうどタイに進出したばかりの人材会社で、みんなで一から仕事を作り上げていく状態。自分で仕事を回しているという感覚が本当に楽しくて。上司が仕事をまかせてくれたこともあり、自分で考えて行動したことがすぐ結果として売り上げや認知度に現れてくるんです。日本での仕事よりもアジアでの仕事のほうが裁量が大きい分、自分で仕事をしているという実感値が高いと思います。

子どもの一番かわいい時期を見逃したくなかった

濱田:やりがいを感じて執行役員にまでなられたタイでのお仕事を辞めて、日本に帰国されたのはなぜですか?

高藤:子どもが生まれたことで、以前と同じような働き方ができなくなったことが理由ですね。毎日遅くまで働いて、「時間をかけてでも成果を出す」というスタイルで仕事をしてきたのですが、子どもが出来てからは、部下より早く帰るようになってしまって。上に立つものとしてこれでいいのか、という悩みと、限られた時間で今までと同じ成果を出さなくては、という会社への数字的な責任感から押しつぶされそうでした。会社に貢献したいという気持ちが大きかった分、辛かったですね。

濱田:子育てをキッカケに、働き方やキャリアを見直すのは、まさに女性ならではという感じがします。

高藤:子育てが思いのほか楽しくて。「ママ大好き」と言ってくれる子どもの一番かわいい時期を見逃したくない、もっと一緒に過ごしたいと思ったんです。仕事は本当に楽しく、やりがいがありましたが部下も育ってきているし、私の代わりはいくらでもいる。そこで子育てを優先させることを選び、夫と一緒に8年間のタイでの生活を終わらせて戻ってきました。

濱田:タイは「仕事と子育ての両立は当たり前」の社会だと聞いたことがあります。

高藤:タイ人の場合はそうですね。大家族が多く誰かが子どもの面倒を見てくれるので、産後3ヶ月ほどですぐに職場復帰する人も多いです。社会全体が子どもに寛容で、職場に一緒に連れてきても大丈夫な場合も多いです。しかし、日本人としてタイで仕事をしながら子育てとなると、簡単ではないですね。子育てを助けてくれる家族がいないので、人手が足りなければお手伝いさんを雇ったりするしかありません。タイの日本人コミュニティには、励まし合えるような働くお母さんが少なかったので、日本に帰ってからのほうが子育てをしやすくなったと感じています。

将来が予想できないものに挑戦する時、わくわくする

濱田:タイから帰国後に起業をされたそうですが、どういった経緯で起業することになったんですか?

高藤:仕事をやめた3日後に、やりたいことリストを作りながら思ったんです。「いつか自分で会社やってみるのもいいかも」って。その1ヵ月後、日本に一時帰国した時に知人から「日本でグローバル専門の人材紹介をやりなよ」とすすめられて、「今やらなくちゃ!」と思い立ち、すぐに書類などを準備し始めて、1年足らずで起業しました。実は、準備中に「うちで働かないか?」と声をかけて下さった会社がいくつもあったんですけど、気持ちは変わらなくて。理由はふたつあって、子どもとの時間を大切にするために自分のペースで働きたかったのと、起業したほうが、先が全然想像できないから面白そうだと思ったのです。将来が予想できないものに挑戦する時、わくわくするんです。今回の起業も、タイでの生活を始めた時も判断基準はそこですね。

濱田:海外で就職することに関してはどう思われますか?

高藤:キャリアアップの手段として海外に出る若者がもっと増えたらいいなと思います。私自身、タイに行ったことで大きなチャンスをもらって、人生が変わった一人なので。日本にはないチャンスが海外には転がっているような気がします。でも、就職活動中の学生にアドバイスをするならば、まずは日本で働くことをおすすめします。

濱田:それはなぜでしょうか?

高藤:日本人としてのビジネスマナーは、やはり日本でないと習得が難しいからです。新卒で海外就職をし、上司に恵まれて日本流のビジネスマナーを身につけて活躍している方もいらっしゃいますが、海外就職ではほとんどの場合、入社後すぐに即戦力として成果を出すことが求められるため、日本のような新人研修やOJTなどは期待できません。日本人が海外で採用される主な理由は「日本人だから」です。「日本人として」「日本人相手に」「日本の商慣習で」ビジネスが出来る人材でないと、高い人件費をかけて面倒なビザの手続きをしてまで雇用する必要がありません。このように、「日本人」という国籍はアジアで仕事を得るうえで有利に働く場合が多く、だからこそ日本人としてのビジネスマナーは身につけておく必要があるのです。現在は「日本人」であることは海外である程度のメリットを得られるのですが、その優位性がいつまで通用するかは分かりません。今後グローバルな環境でキャリアアップを目指すのであれば、国籍に甘んじることなくその他のスキルも磨いていく必要があると思います。

濱田:今後高藤さん自身はどのような活動をされていく予定ですか?

高藤:やはり、ひとりでも多くの方の仕事探しのお手伝いをしたいです。また、私はもともと国連志望だったので、自分オリジナルの国際貢献もしていきたいと思い、会社に人材を1人紹介する毎にタイの子供が1人、3年間学校に通えるという「プロビティ・未来のリーダー育成プロジェクト」という取り組みをはじめました。今はビジネスの世界に身を置いているので、ここでできることをやっていきたいですね。